経営・人財コンサルタント
1990年4月、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社。 研究開発本部で、シャンプーの日本およびアジア展開のための製造プロセス開発を皮切りに、世界で年間1,500 億円以上の売り上げを誇ったヘア・コンディショナーの製品開発、ベルギーに赴任し、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ向けの柔軟仕上げ剤の処方開発を牽引。 その後、人事統括本部に自主異動し、6つのビジネス・ユニットからなる神戸テクニカルセンターのリーダーシップ・チームを率い、ヴィジョンの策定、次世代リーダーの育成、リクルーティング、そしてトレーニングを推進。 その他、社内の日本人で初めて父親による育児休業を取得し、その経験を朝日新聞で「育休父さんの成長日誌」として連載、出版(共著)。 2008 年8月、P&Gを卒業、独立。 多様性を駆使した、世界に通用する製品・人財・組織開発のコンサルティングおよび講師・講演活動を行う。 大阪府立大学大学院工学研究科博士前期課程化学工学専攻修了(工学修士)
「Vol.2はVol.1の続きとなります。Vol.1を先にお読みください。」
グローバル活用
世界市場をターゲットにしたヘア・コンディショナーの開発のために、アメリカ、イギリス、ベネズエラ、そして日本からなるグローバルチームが発足し、日本がリーダーとして引っ張ることになりました。 多様なメンバーによる多様なデータ、考えを集約し、世界市場および世界の消費者をより深く理解することができました。 しかし、開発段階に進むと、髪の毛ひとつをとっても、さまざまな色、太さ、形、長さがあり、さらにはストレート、ウェイビー、カラーリングなど、文字通り千差万別で、チームメンバーもそれぞれの地域の代表者として、違いを声高に主張します。 アメリカ英語、イギリス英語、ラテン英語に私の大阪弁英語が飛び交う中、これらの違いを尊重しながらも、ある一つの方向にまとめてくれたのが、ヴィジョンです。 「世界の消費者に優れた品質と価値をもった製品を提供する」というP&Gの企業理念は、私に、世界の消費者にとっての「違いを超えた共通点」という新しい視点を与えてくれました。 そして、私は、チームミーティングで、「みなさん、今回開発した新技術は、ケラチンというたんぱく質でできた繊維、すなわち髪の毛の上で、その効果を発揮します。 これまでに議論してきたとおり、髪にもいろいろありますが、ケラチンからできていることに変わりはありません。 また、テクニカルデータが示すように、この効果は日本人の髪のサンプルだけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、そしてラテンアメリカからみなさんに提供していただいた髪のサンプルにも効いていることがわかりました。 次は、世界で、この効果を確かめてみませんか」と、多様性を尊重しながらも、逆に共通点に着目したプレゼンを行い、世界中でテストすることに、チームの合意を取り付けることができました。 そして、各国の消費者テストでは、これまでで最も高い評価を受け、世界中で販売されることになり、年間1,500億円以上の売り上げを誇る製品へと成長しました。
このプロジェクトでは、ダイバーシティをグローバルに活用していくうえで、大きな学びがふたつありました。 一つ目は、黄金律から白金律へ、というものです。孔子の論語に、「己の欲せざる所、人に施すなかれ」という言葉があります。 英語では、「Treat others as you would like to be treated.」で、よく黄金律として引用されます。 ところが、この黄金律、実は自分目線で、「自分がされたらいやなことは人にしない」または「自分がしてほしいように相手にもしてあげよう」と、他人のことはなおざりになっています。 そこで、生まれたのが、「Treat others as they would like to be treated.」という白金律です。 独りよがりな思い込みを持たずに、相手目線で、その人のことをきちんと理解して接するのがとても大切だということです。 そして、その相手のことを理解するために、しっかりと聞く、というのが二つ目の学びです。 本来、理解するために聞く、「Listen to understand」という行為が、ともすれば、聞いているそばから返事をしたくなる、「Listen to reply」になりがちです。 特に経験を積み、仕事ができるようになればなるほど、人の話を途中で遮り、「自分語り」をはじめてしまう。 これを戒めるために、私が使っているのが、「聴」という漢字です。 「耳、プラス(十)、目(横向き)、心」と洒落をきかせながら、耳と目と心を総動員して傾聴し、相手の理解に努めます。 娘が学校の授業でアクティブ・リスニングとして習ってきたものを拝借しました。 コーチングやフィードバックセッション等で披露すると、漢字に興味のある外人にも好評でした。
自分活用
最後は、「ダイバーシティは自分の外だけにあるものではない。 自分自身の中にもある」、ということです。 私は、P&Gに入社前と後、結婚前と後、DINKS時代と娘が誕生した後で、価値観や人生観が大きく変わりました。 そして、その都度、「多様性を認め、受け入れ、活用する」という精神のおかげで、それぞれの変化と真摯に向き合い、その時々に最も良いと思われる選択をしてきました。 育児休業はその一つです。 気分がすぐれない中、通常業務はもとより海外出張までこなす妻を見て、何かもっとできないかと考え、「代わりに生むことはできないが、育てることはできる」と育休を決意しました。 とはいえ、男性の育休は見たことがありません。 おそるおそる上司に切り出しましたが、「君と家族にとって素晴らしいことだ。応援するよ」と逆に勇気づけられました。 育休生活は、最初は、おむつ換えやミルクのたびに服まで汚してしまい、洗濯に追われる毎日でした。 徐々にコツをつかみ、気持ちに余裕が出てくると、今度は周囲が気になりだし、散歩中に奇異な目で見られているように感じたりもしました。 しかし、日々成長し変化する人間の神秘とでもいうものに立ち会えたのは、人生の大きな財産になりました。 今でも、娘の誕生日になると、小さい頃のビデオや当時連載の機会をいただいた新聞コラムの切抜きを見せては、「誰のおかげで大きくなったと思ってんのや」と恩を売っています(笑)。
ダイバーシティには、性別、年齢、人種などの多様な属性だけではなく、多様な働き方も含まれます。 育児休業や介護休業、時間短縮勤務、フレックスタイム、在宅勤務など、P&Gでは従業員の多様なニーズをサポートするシステムが整備され、さらに、その制度を活用することを奨励するカルチャーがあります。 例えば、ベルギーに赴任していた時、部下の一人が週に一度の在宅勤務制度を希望したので、私は、自分が育休のときにしてもらったように大いに賛成し、新しいことに挑戦することを応援しました。 そして、半年後に、うまくいった点、注意が必要な点などの気付きをグループ全体にシェアしてもらいました。 多様な働き方のメリットを多くの人に伝え、時間の使い方のさらなる工夫など、制度をさらに良いものにすべく、活発な議論をもつことができました。
以上、P&Gのダイバーシティ・マネジメントへの取り組みを、身近な例とともにご紹介しました。 性別や年齢、人種、国籍などに関係なく、「良いものは良い」という価値基準で判断がなされ、逆にそれらが生み出す多様性というものを最大限に活用しようとしている様子が伝われば、幸甚です。
おわりに
これからグローバル化がさらに進み、変化やスピードがますます求められる時代、ダイバーシティは、もはや解決されるべき問題ではなく、活かされるべき強みだと考えます。 そして、ダイバーシティ・マネジメントはその思いを共有する人たちが織りなす旅でもあります。 道中には、さまざまな困難が待ち受けているかもしれませんが、すべての経験を学ぶ機会ととらえることができれば、ダイバーシティは、多様化する顧客のためにより良い製品やサービスを提供する上で、そして一人ひとりの社員が最大限のパフォーマンスを発揮し、よりよいワーク・ライフ・バランスを歩む上で、力強い支えとなってくれることでしょう。
それでは、Happy Diversity!(よいダイバーシティの旅を!)。
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cKiichiro Nakamura 無断複製・転載を禁ずる
グローバル活用
世界市場をターゲットにしたヘア・コンディショナーの開発のために、アメリカ、イギリス、ベネズエラ、そして日本からなるグローバルチームが発足し、日本がリーダーとして引っ張ることになりました。 多様なメンバーによる多様なデータ、考えを集約し、世界市場および世界の消費者をより深く理解することができました。 しかし、開発段階に進むと、髪の毛ひとつをとっても、さまざまな色、太さ、形、長さがあり、さらにはストレート、ウェイビー、カラーリングなど、文字通り千差万別で、チームメンバーもそれぞれの地域の代表者として、違いを声高に主張します。 アメリカ英語、イギリス英語、ラテン英語に私の大阪弁英語が飛び交う中、これらの違いを尊重しながらも、ある一つの方向にまとめてくれたのが、ヴィジョンです。 「世界の消費者に優れた品質と価値をもった製品を提供する」というP&Gの企業理念は、私に、世界の消費者にとっての「違いを超えた共通点」という新しい視点を与えてくれました。 そして、私は、チームミーティングで、「みなさん、今回開発した新技術は、ケラチンというたんぱく質でできた繊維、すなわち髪の毛の上で、その効果を発揮します。 これまでに議論してきたとおり、髪にもいろいろありますが、ケラチンからできていることに変わりはありません。 また、テクニカルデータが示すように、この効果は日本人の髪のサンプルだけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、そしてラテンアメリカからみなさんに提供していただいた髪のサンプルにも効いていることがわかりました。 次は、世界で、この効果を確かめてみませんか」と、多様性を尊重しながらも、逆に共通点に着目したプレゼンを行い、世界中でテストすることに、チームの合意を取り付けることができました。 そして、各国の消費者テストでは、これまでで最も高い評価を受け、世界中で販売されることになり、年間1,500億円以上の売り上げを誇る製品へと成長しました。
このプロジェクトでは、ダイバーシティをグローバルに活用していくうえで、大きな学びがふたつありました。 一つ目は、黄金律から白金律へ、というものです。孔子の論語に、「己の欲せざる所、人に施すなかれ」という言葉があります。 英語では、「Treat others as you would like to be treated.」で、よく黄金律として引用されます。 ところが、この黄金律、実は自分目線で、「自分がされたらいやなことは人にしない」または「自分がしてほしいように相手にもしてあげよう」と、他人のことはなおざりになっています。 そこで、生まれたのが、「Treat others as they would like to be treated.」という白金律です。 独りよがりな思い込みを持たずに、相手目線で、その人のことをきちんと理解して接するのがとても大切だということです。 そして、その相手のことを理解するために、しっかりと聞く、というのが二つ目の学びです。 本来、理解するために聞く、「Listen to understand」という行為が、ともすれば、聞いているそばから返事をしたくなる、「Listen to reply」になりがちです。 特に経験を積み、仕事ができるようになればなるほど、人の話を途中で遮り、「自分語り」をはじめてしまう。 これを戒めるために、私が使っているのが、「聴」という漢字です。 「耳、プラス(十)、目(横向き)、心」と洒落をきかせながら、耳と目と心を総動員して傾聴し、相手の理解に努めます。 娘が学校の授業でアクティブ・リスニングとして習ってきたものを拝借しました。 コーチングやフィードバックセッション等で披露すると、漢字に興味のある外人にも好評でした。
自分活用
最後は、「ダイバーシティは自分の外だけにあるものではない。 自分自身の中にもある」、ということです。 私は、P&Gに入社前と後、結婚前と後、DINKS時代と娘が誕生した後で、価値観や人生観が大きく変わりました。 そして、その都度、「多様性を認め、受け入れ、活用する」という精神のおかげで、それぞれの変化と真摯に向き合い、その時々に最も良いと思われる選択をしてきました。 育児休業はその一つです。 気分がすぐれない中、通常業務はもとより海外出張までこなす妻を見て、何かもっとできないかと考え、「代わりに生むことはできないが、育てることはできる」と育休を決意しました。 とはいえ、男性の育休は見たことがありません。 おそるおそる上司に切り出しましたが、「君と家族にとって素晴らしいことだ。応援するよ」と逆に勇気づけられました。 育休生活は、最初は、おむつ換えやミルクのたびに服まで汚してしまい、洗濯に追われる毎日でした。 徐々にコツをつかみ、気持ちに余裕が出てくると、今度は周囲が気になりだし、散歩中に奇異な目で見られているように感じたりもしました。 しかし、日々成長し変化する人間の神秘とでもいうものに立ち会えたのは、人生の大きな財産になりました。 今でも、娘の誕生日になると、小さい頃のビデオや当時連載の機会をいただいた新聞コラムの切抜きを見せては、「誰のおかげで大きくなったと思ってんのや」と恩を売っています(笑)。
ダイバーシティには、性別、年齢、人種などの多様な属性だけではなく、多様な働き方も含まれます。 育児休業や介護休業、時間短縮勤務、フレックスタイム、在宅勤務など、P&Gでは従業員の多様なニーズをサポートするシステムが整備され、さらに、その制度を活用することを奨励するカルチャーがあります。 例えば、ベルギーに赴任していた時、部下の一人が週に一度の在宅勤務制度を希望したので、私は、自分が育休のときにしてもらったように大いに賛成し、新しいことに挑戦することを応援しました。 そして、半年後に、うまくいった点、注意が必要な点などの気付きをグループ全体にシェアしてもらいました。 多様な働き方のメリットを多くの人に伝え、時間の使い方のさらなる工夫など、制度をさらに良いものにすべく、活発な議論をもつことができました。
以上、P&Gのダイバーシティ・マネジメントへの取り組みを、身近な例とともにご紹介しました。 性別や年齢、人種、国籍などに関係なく、「良いものは良い」という価値基準で判断がなされ、逆にそれらが生み出す多様性というものを最大限に活用しようとしている様子が伝われば、幸甚です。
おわりに
これからグローバル化がさらに進み、変化やスピードがますます求められる時代、ダイバーシティは、もはや解決されるべき問題ではなく、活かされるべき強みだと考えます。 そして、ダイバーシティ・マネジメントはその思いを共有する人たちが織りなす旅でもあります。 道中には、さまざまな困難が待ち受けているかもしれませんが、すべての経験を学ぶ機会ととらえることができれば、ダイバーシティは、多様化する顧客のためにより良い製品やサービスを提供する上で、そして一人ひとりの社員が最大限のパフォーマンスを発揮し、よりよいワーク・ライフ・バランスを歩む上で、力強い支えとなってくれることでしょう。
それでは、Happy Diversity!(よいダイバーシティの旅を!)。
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cKiichiro Nakamura 無断複製・転載を禁ずる