個人例から見たP&Gのダイバーシティ・マネジメントVol.1  2009年7月8日

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中村 喜一郎
経営・人財コンサルタント

1990年4月、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社。 研究開発本部で、シャンプーの日本およびアジア展開のための製造プロセス開発を皮切りに、世界で年間1,500 億円以上の売り上げを誇ったヘア・コンディショナーの製品開発、ベルギーに赴任し、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ向けの柔軟仕上げ剤の処方開発を牽引。 その後、人事統括本部に自主異動し、6つのビジネス・ユニットからなる神戸テクニカルセンターのリーダーシップ・チームを率い、ヴィジョンの策定、次世代リーダーの育成、リクルーティング、そしてトレーニングを推進。 その他、社内の日本人で初めて父親による育児休業を取得し、その経験を朝日新聞で「育休父さんの成長日誌」として連載、出版(共著)。 2008 年8月、P&Gを卒業、独立。 多様性を駆使した、世界に通用する製品・人財・組織開発のコンサルティングおよび講師・講演活動を行う。 大阪府立大学大学院工学研究科博士前期課程化学工学専攻修了(工学修士)


はじめに
ビジネスのグローバル化が進む中、ダイバーシティ・マネジメントの重要性が増しています。 マイノリティ・女性に代表される社会的な差別問題・要請に応えるということから始まったダイバーシティ・マネジメントは、やがてCSR(企業の社会的責任)の一翼を担うようになり、今日においては、重要な経営戦略のひとつへと発展しつつあります。 本稿では、先進例としてよく取り上げられる、Procter&Gamble(以下P&G)のダイバーシティ・マネジメントについて、女性、若手、グローバルなど様々な観点から、個人例をもとにお話ししたいと思います。

P&Gのダイバーシティ・マネジメント
P&Gは世界最大の消費財メーカーです。 年間総売り上げは、835億ドル(約8兆3千億円)。 世界の約160カ国で、300以上のブランドが、1日30億回以上、世界中の消費者の生活に貢献しています。 前CEOのA.G. ラフリーは、「P&G にとって、ダイバーシティはビジネス戦略である」と社内外で公言し、ダイバーシティの活用を、自ら率先してきました。 ダイバーシティのメリットとして、1)ますます多様化する消費者のニーズに、よりよく応えることができる、2)「多様」な「個性」を認め、受け入れ、活用することにより、一人ひとりの従業員が、その能力を最大限に発揮できる、3)また、そのような組織には、世界中からさらに優れた人材が集まってくる、を掲げ、全社一体となってダイバーシティを推進してきた結果、彼がCEOに就任した2000年以来、P&Gのビジネスは約2倍に成長し、さらに、売上を従業員数で割った従業員一人当たりの生産効率は、約1.7倍になりました。 ダイバーシティが戦略として機能している証左といえるでしょう。 

しかし、いきなり上述のような成果があがったわけではありません。 1837年創業という170年以上の長い歴史の中で、「誠実」と「信頼」を柱に実直にビジネスを続け、アメリカで公民権運動が盛んだった1960年代には、多様性をいち早く受け入れ、採用門戸を広げてきました。 そして、世界各国に進出する過程で、その精神はさらに磨かれ、1990年代には、CSR(企業の社会的責任)を超えた、ビジネス戦略としてダイバーシティを活用する、という考えが醸成されてきました。

日本でも、ダイバーシティを活用する先進例として取り上げられることが多いP&Gですが、「雲の上」的に語られることも多く、なかなか日本企業の参考になりにくい面があるようです。 そこで、「父親が仕事、母親が家事・育児」という典型的な日本の家庭に育ち、体育会出身で、P&Gに入社するまでは、海外にも一度しか行ったことがなかったという私が、グローバルな世界で見て、聞いて、学んだ身近な例を通じて、P&Gのダイバーシティ・マネジメントについてご紹介します。

女性活用
新入社員として配属先が決まり、所属するチームおよび上司が発表された日のことです。 私は男性のマネージャーにつくことになりましたが、隣のチームに配属になった同僚は、女性のマネージャーにつきました。 私は、「自分はラッキー」だと思い、同僚のことを「わっ、かわいそ」と思いました。 今から見れば全く偏った考えで、冷や汗が出てきますが、当時はそれが極めて自然な気持ちだったことを覚えています。 しかし、そのアメリカ人の女性マネージャーは、てきぱきと仕事をこなし、見事にミーティングを仕切り、チーム・メンバーからの信頼も絶大であることを徐々に理解しました。 そして子供が熱を出した時は飛んで帰り、自宅でフォローアップをする。  「仕事も家庭もどちらも大切」というワークライフバランスの基本はこのときに教わりました。 

その後も、何人もの有能な女性マネージャーと、上司、同僚、そして部下として仕事をする機会がありましたが、今、指折り数えると、私のP&Gでのキャリアの半分近くは、女性上司でした。 彼女たちが活躍しているのは、彼女たち自身が有能だというのはもちろんですが、会社として、性別に関係なく「良いものは良い」という判断がなされ、多様性を大切にするカルチャーやシステムがあるからだと思います。 実際、新しいプロジェクト・ミーティングなどで、参加者が男性だけだったり、日本人ばかりだったりすると、「より効果的に議論するために、メンバーにもう少し多様性を持たせるべきでは」という声が、誰からともなく聞かれたりします。

人間は基本的に「同質性」を好む生き物だといわれています。 同郷、同窓、同世代、同じ会社など自分との共通点を見つけると、親しみを感じたり、安心感を覚えた経験は、だれでもあると思います。 したがって、ダイバーシティを認め、受け入れ、活用しようと思えば、やはり、「意識的」に行うことが必要です。 P&Gの前CEO、A.G. ラフリーも「Diversity is a business strategy for P&G. It is an intentional choice that creates sustainable competitive advantage. (P&Gにとって、ダイバーシティはビジネス戦略です。 それは、競合に対して持続可能な優位性を生み出す意識的な選択です)と、意識的に多様性を活用する決意を表明しています。 トップのコミットメントを明確にするほか、意識的に実践している施策例として、ダイバーシティへの貢献度が、評価制度やワークプランに組み込まれています。 また、従業員満足度調査、マイノリティや女性、ローカル人財の割合もスコアカード化し、定期的に進捗状況をみるようにしています。

若手活用
「さあ、ケリをつけよう」。 マレーシア出張中にちょっとした問題が起こりました。 私は、現地の工場長に呼ばれ、ドアをバン!と閉められて言われました。 「日本にいる上司のことは気にするな。 君はプロジェクト・リーダーとして、私は工場長として互いに意見をぶつけ合って一番いいプランを考えようじゃないか」と。 入社2年目だった私は、非常にプレッシャーを感じましたが、一方ではとてもうれしかった。 なぜなら、自分よりもはるかに大先輩の工場長が、私のような若造を対等にあつかってくれたからです。 この時、私は、「パンテーン」のヘア・シャンプーの製造プロセスの確立のため、インドネシア、マレーシア、台湾を行脚していました。 何トンもある大きな製造タンクのロードセル(重量計)に不具合を発見し、私は生産ラインのストップを提案したのですが、日々の生産量の責任者である工場長は、なるだけ生産ラインを止めたくありません。 「残りのタンクから逆算できないか」、「流量計を代わりに使えないか」と様々な代替案を議論、検討しましたが、「どれも精度が十分でなく、最終製品の品質チェックで不合格にある可能性が高まり、結果的にさらに生産能力がさがってしまう」ということで、納得してもらうことができました。

ダイバーシティは、性別に限ったものではありません。 このケースでは、年齢に関係なく、「職能、成果、行動」に責任と覚悟を持つプロ意識と、「信じて任せる」ことの大切さを学びました。 特に後者は、工場長も日本の上司も、「本当にまかせて大丈夫だろうか」と心配だったに違いありません。 間もなく、部下を持つようになり、その大変さがよくわかりました。

Vol.2へ続く
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