智摩莱商務諮詢(上海) 有限公司 (GML上海)
総経理
いいものではなく、有名なものが売れる――。これが中国市場の常識だ。大手の欧米企業や中国企業は広告宣伝費に数百億円を費やし、有名になることを目指している。ところがこの常識を覆しているのが、ワコールだ。同社の中価格帯ブランドである「ラロッサベル」は、広告費や知名度のある「ワコール」ブランドも使わないゼロベースのスタートであったにもかかわらず、好調な売上を記録している。販売戦略にはどのような秘密があるのだろうか。この秘密は、ひょっとすると広告宣伝費に巨額の資金を捻出できない多くの日本企業にとって、重要なヒントになる可能性がある。
ワコールブランドは使わない
でも来店客数や売上は上々
――「いい商品ではなく有名な商品が売れる」と言われる中国で、知名度ゼロの状態からマス広告一切なしで、よく新ブランドをここまで立ち上げることができましたね。?
おかげさまで、2012年に中国で立ち上げた新ブランド「ラロッサベル」は、店鋪当たりの来店客数が、ワコール店鋪の4倍になるくらい好調です。客単価はワコールブランドの3分の1ほどですが、売上は1.3倍あります。お客様の来店頻度もワコールだと年に2回強くらいが平均ですが、ラロッサベルは2ヵ月に1回くらい来てくれるイメージです。
現在(2013/08/1)の中国店鋪数は、6店鋪(北京3、成都2、深セン1)。マス広告を一切使わない新ブランドの立ち上げとしては、順調に進んでいると思います。
「広告費を使わなくても、価値のある商品を、魅力ある店舗で、練りに練ったやり方でお客様の目につくところに置きさえすれば中国でも売れる」ことを実感しています。もともと(アウタービジネスより原価率の高い)インナー(下着)ビジネスは、広告宣伝費を贅沢に使うと利益が出にくい収益構造なので、こういう売り方の方が本来適切なのです。
――ラロッサベルは、立ち上げ当初「ワコールブランド」とは切り離して運営していたと聞きました。中国でも知名度のあるワコールブランドをなぜ利用しなかったのですか?
「ワコールブランドをつけない」というのが、ラロッサベルを軌道に載せるための生命線だったからです。ワコールブランドをつけてしまうと、中価格帯の商品としては、品質基準が必要以上に厳しくなり、また、リードタイムも長くなるため、ターゲット顧客にマッチした価格の商品を提供できなくなってしまうからです。ラロッサベルは、(日本の量販店等に商品を卸している)ワコールグループ会社のルシアン基準の品質保証をしています。
特に混沌とした中国のような市場で勝ち抜くためには、ビジネスが軌道に乗るまではスピード感を持って、敢えて地上スレスレを飛ぶ必要があります。一発退場のレッドカードは貰ってはいけませんが、イエローカードくらいは覚悟して勝負をしないとチャンスは掴めないのです。
ワコールブランドイメージを棄損しないことと、中国市場での成功を考慮し、敢えて、ワコールブランドとは一線を画してラロッサベルを立ち上げることにしたのです。
市場の変化を先読みして
違和感を感じた2つの点
――もともと、どんなきっかけで新ブランド(ラロッサベル)を立ち上げることになったのですか?
「このままだ中国の変化の波に乗り遅れる」という危機感です。
私が中国に来た2007年当時、中国には、「百貨店で販売されている300元以上のブラ」と、「量販店や路面店で売られている50元のブラ」の両極端しかありませんでした。ワコールは百貨店チャネルを中心に平均単価300元のブラを販売し、事業も順調に成長させていたのですが、総経理の矢島と私は「何かがおかしい。こんな状態が続く訳がない」と違和感を感じ、検討を始めました。
違和感を感じた理由の1つは「価格」です。中国の百貨店ブラ300元という価格は(当時のレート15円/元で)日本円に直すと約4500円。当時日本で販売しているブラの平均単価5000円とほぼ同じでした。日本と中国では物価が4~5倍も違うのに、ブラの価格が同じというのはおかしいのではないかと。
2つ目の理由は、中国も日本と同じことが起こる、つまり百貨店からショッピングモールへ消費者が移っていくだろうと思ったことです。日本でも百貨店より手頃な価格のディフュージョンモデル(普及版モデル)がショッピングモールで売れるようになったように、中国でも同じことが起こるはずだと。ちょうどその頃、中国にもZARAやH&Mが進出してきて人気を博していたので、この流れは間違いなくくると思いました。
そして、それらに加えて中国全体の所得上昇に伴う「中産階級の台頭」です。特にトレンドに敏感な80年後生まれ世代の台頭など、新たな流れが出てきていました。これら3つの傾向から、「今後中国では必ず100~200元の価格帯のブラが主流になる」と確信しました。
しかも、当時中国で100~200元ブラの市場は、強力な競合のいない空白地帯でした。特に中国人の好きなセクシー系の商品が全くなかったのです。未開拓の大きな隙間市場が見えた私たちは、「これはいける。この波に乗り遅れるとワコール中国に将来はない」と思い、新ブランドを立ち上げることになりました。中国事業責任者である総経理の矢島が決断をして、その後も全面的にバックアップをしてくれました。
――広告宣伝を一切しない、ワコールブランドの力も借りないとなると、どうやって知名度を上げて顧客を増やしているんですか?
流行を取り入れながら価格を抑えた商品を提供するファストファッションとして、「カッコいい店鋪を人が集まる場所に作り」、「毎日サプライズがあり、また来たくなる楽しい売場の雰囲気で」、「性価比が高く、売れる可能性の高い商品をQR(クリックレスポンス)で提供する」という、ある意味当たり前のことを、徹底的にこだわって磨き上げるというイメージでやっています。
こだわり抜く店舗のカッコよさ
北京で成功すれば他でもいける
――「カッコいい売場」はどのようにこだわって作ったのですか??
まず、一緒にカッコいい売場を作るパートナーにこだわり、宇都宮賢ニさんが経営されているCIA Inc.様というブランド・コンサルティング会社と一緒にブランド開発を進め、納得がいくまで店鋪デザインを作り込みました。また、入店率のポイントとなるキービジュアルもキーポイントですので、株式会社余白様と検証を重ねました。
そして1号店をオープンする8ヵ月前から、ワコール北京本社の中に「プロトタイプ売場」を実際に作り、本番さながらに店鋪什器や商品を入替ながら、商品も含めて売場をどう作れば一番お客様にアピールできるか研究し尽くしました。
――出店場所もこだわりがあるんですよね?
特にこだわるのは「店前通行量」です。出店を決める前に、私自身でその場に立って実測して確認しているくらいです。ラロッサベルはまだまだ知名度で劣るので、通行量がないと店に来てもらえないからです。広告を投入しないラロッサベルにとっては、店前通行量が絶対的なドライバーエンジンと考えていますので、知名度が上がっても、この部分にはこだわり続けます。
「店作りが自由にできること」も出店場所を決める条件になります。店鋪のビジュアルとか、店内の雰囲気には徹底的にこだわりたいからです。得に中国では、お客様の五感に訴える販促が有効です。例えば、音楽をかけたり、バラの香水を適度に使って雰囲気を盛り上げるだけで売上が増えるのです。そういうことするとなると、自然と百貨店より自由度の高いショッピングモールへの出店が増えてきます。
あとこれは当然ですが、家賃は低いというのも条件の1つです(笑)。
――上海ではなく、北京に最初に出店したのも戦略的にですよね。
上海の家賃が高すぎるという理由もありますが(笑)、最初から全国展開を考えているので敢えて北京に最初に出店しました。北京は首都であり、「中国全体を代表しうる都市」だと考えています。特にわれわれファッション業界では、上海では成功しても、全国では成功しないケースがあります。「上海ほどファッションの先端ではないが、中国全土に通用するファッション感度」、「寒い冬と暑い夏がある厳しい環境」という特徴がある北京で成功すれば、上海にも地方都市にどちらにも行けるのではないかと。
業界の常識を覆した
新たなサプライチェーン
―-カッコいい売場作り以外に「売れる可能性の高い商品を店頭に並べる」ということもキーワードの1つだと思います。実際、どうやって中国で売れるブラを商品企画しているのですか?
我々にも店頭に並べるまで何が売れるか分かりません(笑)。逆に「何が売れるか事前には分からないこと」を前提に、売れたものを早く追加発注してヒット率を上げる仕組みを構築しました。
ブラのようなインナーは(アウターと比較して)、商品を作るために必要な原材料の点数が多く、その原材料の中にはレースなど調達リードタイムが長いものも少なくないため、今年の春モノの販売が終わらないうちに来年の春モノの生産数を確定する必要があるのです。それだけリードタイムがあると当然、販売計画と販売実績はブレるので、売れ残り在庫が増えるというのがこれまでのインナー業界の常識でした。
ラロッサベルは、ここにメスを入れ、「QR(クイックレスポンス)」を実現しています。ワコールの商品開発力を結集して製品構造改革を行い、品質を担保しながらコストも徹底的に抑え、なおかつQRで商品供給できるサプライチェーンを整備したのです。まだまだ最終的に目指すレベルまで到達はしていませんが、ここはラロッサベルの生命線でもあるので、これからも力を入れて磨きをかけて行きたいと思っています。
―-毎日サプライズのある楽しい売場の雰囲気とは、具体的にどういうものですか?
これはまだ試行錯誤中です。例えば、サイコロやくじ引きで割引があるなど、来店したお客様が楽しんでもらえる雰囲気を試行錯誤しながら作って行こうと思っています。
―-中国では「7折(30%OFF)、8折(20%OFF)」、「買一送一(1個買えばもう1つ無料で贈呈)」など、「値引き」で集客することが多いと思います。ラロッサベルの場合はどうですか?
ウチの店でも「今週の99元ブラ」といった価格訴求のプロモーションもやっています。そうすると、やっぱり店に入ってくれる女性は増えます。でも実際に店で買うのは99元のブラではなく、値引きのない新作商品なんですね。
300元のブラを売っているワコールの場合は、3割引にすると売上は2倍以上になりますが、150元のブラを売っているラロッサベルの場合には3割引にしても売上は2割増しがいいところです。
3割引よりは買二送一(2個買ったら1個無料贈呈)の方がまだ効きます。300元のブラを買うお客様は、そのブランドで定期的に商品を買う会員客が多いので、どうせ買うならセールのタイミングでと考えるのに対して、150元のブラの場合は、たまたま店に行って気に入った商品があれば買うという衝動買いのお客様がメインになるからだと思います。
ASEANシフトを考える時
その地での対中国企業戦略も重要
―-ラロッサベルのお話を伺っていると、メリハリがつけているところがこれまでの成功につながっていると思いますがどうですか?
こだわるべきところは徹底的にこだわり、お金もしっかりかける。それ以外は逆に「こだわらない」ことに徹して、経費も節約し、無料で使えるものはなんでも使うという姿勢が必要だと思います。
冒頭で「ワコールブランドから切り離す」と言っていましたが、ワコールグループであることのメリットはしたたかに利用しています。
例えば、他国のワコールグループの商品の中でも、ラロッサベルのブランドコンセプトと価格にあう商品があれば、一部仕入れてラロッサベルブランドとして販売しています。例えば、New Yorkの企画のワコールグループの商品を少し仕入れて、New Yorkコレクションとしてラロッサベル店鋪で売ると売れたりするのです
これまでワコールブランドとは切り離して単独で出店していたTmallなどネット販売でも、最近ワコール旗艦店の中で販売を始めました。リアル店鋪での販売を通じてラロッサベルの商品が中国人消費者に受け入れてもらえる自信がついたので、集客力のあるワコール旗艦店に入れば、売上は自然に上がるはずです。
―-最近、中国市場を飛び越えてASEANで勝負する日系企業も増えていますが、伊藤さんはそういう動きに対してどう思われますか。?
私も中国での商売のリスクの高さは、嫌というほど体感しており、ASEANへの動きは理解できますし、弊社もリスク分散を行っております。
しかし、「中国がダメだからASEANに行く」というのであれば、行ったところで本当に勝ちつづけられるのかと心配になります。
生産拠点としてのASEANシフトなら分かります。でも市場としてASEANを考えた場合、法律やルールの違う複数の国で本当に勝負できるのかなあと。今後、中国大手企業もASEANを攻めるのは明白です。スケールもあり人材も揃っている中国大手企業とASEANでどう戦っていくのかまで考慮に入れてASEANにシフトしていかなければ、長期戦では結局負けてしまうのではないかと懸念しています。
手前味噌なのですが、弊社は、「本社が現地法人に大きな権限を与えてくれる素晴らしい会社だ」と、よく周りの方からお褒めのお言葉を頂戴します。今回のブランド立ち上げも、全て現地法人に権限を託していただきました。普通では考えられないですよね。働いていて「良い会社だな」と、実感します。今回も多くの方々に助けていただいて、感謝の気持ちでいっぱいであり、何としても成功させることで、皆様へ恩返ししたいと思っています。
このように周りの方々からの支援体制が整っている中で、中国を任してもらっている我々としては、本丸でもあり化け物のように大きい中国マーケットで敢えて勝負していきます。中国で勝つことがアジア全体で勝つために不可欠だと思うからです。
2013年8月20日
Diamond online掲載
<お知らせ>
・【8/30(金)GML中国セミナー@東京「中国ドラックストア1500店鋪ワトソンズ徹底解説」】のお知らせ
当コラムを執筆している江口征男(GML上海総経理)、中国小売第一人者の富井伸行(GML上海顧問)が、中国ドラックストアチェーン最大手(1500店鋪展開)ワトソンズの「ビジネスモデル(商品が売れても売れなくても儲かる収益モデル、中央集権モデル等)」「マネジメントモデル(店長KPI、店鋪スタッフインセンティブ、DMを中心としたブレないオペレーションモデル等)」について徹底解説します。各社の内部担当者へのヒアリングにもとづいた、中国現地でも中々聞くことのできない情報・ノウハウ満載のセミナーです。セミナー詳細・申込
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