もう一つのリーダーシップ論 ~第4回:“パラドックス・バランス・マネージメントの薦め”

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inoue
表裏の関係

第一回目ですべてのコインには裏表があると書いた。即ち、あらゆる ことには必ず長所と短所が表裏の関係で付随しているということである。表裏をあらわす似たような表現に“二項対立”、“理想と現実”、“建前と本音”、“ ダブル・スタンダード“、などがある。P.F.ドラッカーが日本人は実践的であると表現したが、実践的の意味とは日本人はこの表裏関係である長所と短所を 臨機応変に使い分けることに長けているという意味でもあると思う。
今回は二つの事項が両端の対立関係にある“経営判断における二項対立”の話である。

日本と欧米の経営者の違い?

私の知り合いの中にもう20年近く、交流を続けているアメリカ人のビジネスマンがいる。今でも日本とアメリカの間でメール交換をしている間柄である。 私 が勤めていた花王(株)とあるアメリカ企業との合弁会社設立プロジェクトからの付き合いで、彼は相手側のプロジェクト・メンバーであった。プロジェクト推 進のために、互いに日本と米国を頻繁に行き来した。彼はスコットランド人を先祖に持つアメリカの典型的なエリートビジネスマンであり、マーケティングを担 当していたこともあって、日本の歴史、文化に対して好奇心旺盛であった。そのため、オフィスでのプロジェクト議論の後のノミニケーションでもビジネス以外 の話にも大いに花が咲いた。日本サイドのトップも彼には高感度を持って接し、かなり打ち解けた間柄であった。そんな彼に、数年前、日本人経営者とアメリカ 人経営者はどこが異なるのだろうかと質問をしたことがあった。その時、彼の返答の中で下記のような意見があった。
即ち:「自分の限られた経験では あるが、日本の経営者は物事の長所と短所をあまり明確に決め付けないようだ。そして問題を解決しようとする時、短所も含めたまま、答えを見出そうとするの ではないか?それに反して、アメリカの経営者は長所と短所を明確に分けたがり、短所を決然と、時には冷酷に切り捨てることによって解決しようとする傾向に ある。」
この意見を聞いて、あり得る見方だなと思った。例えば「今、成果が出なくとも、誰でも必ず、何か優れたところがあるはずだ。もう少し、長 い目で見てやろう」という日本人経営者と、「今、成果が出ていないから会社においておくわけにゆかない。」と判断する欧米の経営者との比較などは良い例で あろう。同時に何故だろうと考えた。
日本の社会や会社組織は基本的には同一文化をベースにしている。即ち、価値観のほとんど同じ人たちの集団であ り、和を尊ぶマインドでは短所は簡単には切り捨てられない。そのため、短所の裏に存在する長所を見出そうと勤める。又、短所を含んでいても“清濁、併せ呑 む”と太っ腹の大きな人物であることの代名詞のような表現もある。さらに、中庸を尊び、極端を嫌うメンタリティーもあって、片方を切り捨てることを避けよ うとする。これにたいして、アメリカのように人種のルツボ(或いは人種のサラダ・ボウル)の異文化価値観の人たちの集まりでは長所は誉めそやすが、短所は 切り捨てる極端主義でないと逆に集団を纏められないのであろうと思う。例えば、飲酒がいろいろな問題を起すとなると、アルコールのプラスに目をつむり、マ イナスだけを見て、あの禁酒法を施行してしまった。極端主義の判断基準はやはり一神教である宗教観からくるものかもしれない。

二項対立

経営者は日常、“こちら立てればあちら立たず、あちら立てればこちら立たず”の二項対立する項目の決断で悩むことが多いはずである。(図1:経営における二項対立の例)
し かし、これら二項対立は一方が正しく、他方は間違っているということではない。両方とも正しいのである。ただ経営環境の変化とともバランスの重みが変わる のである。肝心なことは経営を取り巻く環境が変化するたびに臨機応変に二項のバランスをとることではなかろうか?例えば、“市場が大きく伸張しているとき と飽和しているとき”、“国内重視と海外重視”などで経営判断は異なるはずである。欧米企業のようにどちらかを正しいと決め付け、単純な負の切捨てでは例 え短期には良い結果をもたらしたとしても、長期では持続する保証はない。コインを見る角度を変えることにより、長所・短所が変わる。この実践性が日本人の 徳意とするメンタリティーであり、欧米のトップとの違いの一つではなかろうか?

パラドックス・バランス・マネージメント

パラドックスとは辞書の意味は“逆説。矛盾した言葉、行動など”とある。即ち、相反する二項である。実は私は経営の判断の中でこの相反する二項のバランス をうまく対処する考え方を“パラドックス・バランス・マネージメント”(PBM)と名づけて提案したいのである。上記の“短所を含みながら、問題を解決し ようとする“もPBMの一つであり、世界に日本的手法の良さとして発信しても良いのではないか?米国企業のようにバランスを片方に寄せすぎると、環境破壊 や貧富の格差社会という大きな弊害を生み出してしまう。
ただし、PBMを実施するにも気をつけねばならない点は多い。
―バランスの両側のどちらつかずだと、メリハリが着かず、方向が見えなくなる。PBMは妥協や譲歩では決してない。二項の別々の長所の融合でなければならない。二兎を追うのである。
―改善、改良のときは問題ないが、変革、改革を目指すときにはバランスを片方に大きく振る必要がある。改革に二項の両者を丸く治めるということはあり得な いからである。小泉首相が進める構造改革などはバランスを大きく振り、果敢に他方を切ってゆく必要がある。これが“痛みを伴う“改革であり、リーダーは辛 い決断を迫られるのである。
―バランスを臨機応変に取るにしても、やはり、ビジョンによる方向性と何をすべきかの戦略をベースにするべきである。そうでないと、軸がぶれてしまう。節操なく、バランスを変えていては部下は混乱してしまう。
―リーダーは経営環境の変化に応じて適切な判断をくだすための感性が求められる。これがリーダーとしての先見性である。

ダブル・スタンダードとならないように

実はPBMのもう一つの大きな課題はバランスを変更したときには明確なメーツセージを発信せねばならないことである。特に、グローバル経営の中で異文化の 人たちには明確な説明が必要である。価値観が異なるということはバランスの両側の重要度が異なるのである。例えば、アメリカのビジネスマンは図1の対立の 右側を重要視する人が、反対に日本人は左側を重視する人が多い。従って、バランスの変更の原因、理由を明確に説明しないと彼らは混乱し、ストレスが溜ま る。以前、欧米人と二項対立の議論をしたことがあった。「経営には矛盾が多く、相反する事項も両方ともを選択する必要がある場合もある。」という議論にた いして、彼らは「それは二枚舌のダブル・スタンダードでしかない。どちらかを選択しないとコミュニケーションの明確さが失われる。また、判断基準がころこ ろ変わるようでは何を信じて良いかわからない。日本人は選択できないため、決断をいつも曖昧にしているのではないか?もっと迅速に決断し、そのときの判断 基準を明確に説明すべきである」と。

PBM応用例

では具体的にPBMをどのように応用 するのか? ひとつの例は人事制度への応用である。最近はあまり言われなくなったが、日本企業の強みの一つは企業に対する従業員の忠誠心であることに違い はないであろう。しかし、同時に問題は結果の平等を重要視してきたために、採用、評価、報酬、育成などの人事制度を考える時のパラドックスのバランスを画 一的にすべての業務機能の行動、判断ベースとしていることではなかろうか?例えばR&Dや生産現場には成果だけではなく、プロセス志向も長期思考も重視す べきであるが、販売やマーケティング業務は長期思考のみではやはり問題であり、より短期思考で成果を求める必要がある。R&Dと同じ長期思考で、悠長な発 想では困る。(図2:二項対立のバランスが異なる機能)。このようにPBMは業務機能、事業の種類で異なってくるのである。このバランスの違いを人事制度 の基盤とすると、販売、マーケティングなどはより成果を重視したハイリスク・ハイリターン型を、反対にR&D、生産などは安定した“ローリスク・ローリ ターン型”の 報酬システムと分けても良いのではなかろうか?
以前は人材育成の方向付けとして全員をジェネラリストとして育成することが多かった が、最近では幹部コースとプロフェッショナル・コースなどに分けている企業が多く見られる。しかし、あまり成功していないようである。それはコースにより パラドックス・バランスが異なることを十分に使いこなせてないからだと思う。
勿論、リーダーはある二項のバランスを判断し、同時に判断基準につい てメッセージを発信することが大切である。例えば、“あらゆる業務の種類に尊卑の差別はなく、全従業員の参画が必要である。しかし、それぞれの最適の成果 の生み出し方は異なるものである。そのためにパラドックスのバランスを職種で変える必要がある”などと。「何時かは彼らも理解してくれるだろう」と黙して 語らずでは異文化経営はまず無理である。

グローバルマネジメント研究所フェロー
HIアソシエーツ代表
井上裕夫(花王株式会社 元理事)


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